「思い通りにならない」を終わりにする

「期待」というと、もしかしたら、一般的にはポジティブな印象があるかもしれないのですが、心やスピリチュアルではちょっと違います。

 

 

今日は「思い通りにならない」・・この苦しみを終わりにする。

つまり「期待」を終わりにする、手放す、ということについて、書いてみます。

 

 

「期待する」と「期待通りにならない、思い通りにならない」というのは、表裏一体でセットです。

何か「期待した」から「期待通りにならなかった」ということが生じるわけで、

何も期待していなかったら、何かを見て「期待通りではなかった」と思うことはないですよね。

何か思い通りにしたい、ということがあったから、思い通りにならない、ということが生じるわけで、

「思い通りにしたい」「こうなってほしい」という思いを最初から全く持っていなかったら、「思い通りにならなかった」とは、思いようがないものです。

 

 

それでも期待してしまうとか、「こうなってほしい」と強く思ってしまう、ということもあるかもしれません。

この期待というのは、外側の誰かや状況などに対して、

・こうあるべきだという自分ルールを押し付けているとき

・自分の中の見たくない感情と向き合わずに済むために、何かを願っているとき(願望)、求めているとき(欲求)

だったりします。

それで、期待するとき、というのは、「自立」の状態のときだったりします。

つまり、「依存(一般的なイメージとしての依存)」ではなくて「自立」のとき、です。

 

 

「わたしはなにもできないから、あなたがなんとかしてほしい、なんとかしてよね」というのがベースにあるのが、依存です。

「わたしにはなにもできない」ので、願望や欲求を相手にそのままストレートに伝えます。

極端なイメージでいうと、赤ちゃんみたいな感じです。

わーん、と泣いたら、ママが近寄ってきて、自分の欲求を察知して、自分がほしいものを与えてくれる・・。

赤ちゃん時代は、確かにこれで良かったかもしれませんが・・。

大人になっても「なにもできない」という感覚が根底にあるということは、無価値感が根底にあるということなので、願望や欲求を相手にそのままストレートに伝えていたとしても、

「価値のないわたしは受け取ってはならない」

「価値のないわたしは一番ほしいものは受け取れない」

「ほしくないものばかり与えられてる・・!」

みたいな現実を作っていたりするものです。

なので、これはこれで、苦しい。

 

 

そして、この「依存」の状態から、感情と向き合わないまま、我慢したり、正しくあろうとしたり、治そう、成長しようとして「自立」の状態に偏ることがあります。

この自立は「自分でなんでもやります、自分でなんとかします、誰かの助けはいりません」です。

「わたしにはなにもできない(依存)」から「ひとりでできるもん(自立)」へ・・という感じです。

依存時代は依存時代で苦しいもので、「誰かの力、助けを借りること」についての「負の側面」を経験していたり、自分で責めていたりすることもあり、その自分を否定したまま「自分でやります!」「もう借りは作りません!」って感じになってることがあります。

依存をバネにした自立ですね(わたしはこれを隠れ依存と呼んでいます)

「ひとりでできるもん」「自分の力でなんとかしなければならない」「自分で自分を幸せにする!」と決めて、頑張って、うまくいくことも、たくさんあったかもしれません。

しかし、無価値感、なにもできない自分はダメだという自己否定、満たされない気持ち、欠乏感などはそのまま・・ということがあります。

「駆け引き、取引、交換条件」などを、うまく使って、なんとか生き延びてきた、なんとか「できない自分」を隠してきた、ということもあるかもしれません。

「いや、人の助けは借りてきましたけど?」という人も、よくお話を聞いてみると「お金など、何かと交換して助けてもらってきた」ということがほとんどで、

さらに、心をよーく見ていくと「無条件に助けらる、無条件に与えられる、無条件に愛されるなんて無理!だって、わたしは愛されるにふさわしくないんだもの!」という叫び(信念)が出てくることがあるのです。(「彼に愛されたい」「パートナーに愛し合いたい」と顕在意識で言っていたことと、真逆の信念をちゃんと持ってた!)

この「無価値感」「自己否定感」「満たされない気持ち」を見ないまま、

こうなったらいいな、こうしてほしいな、ということを、願ったり、求めたり、期待したりすると、

「苦しい期待」「叶わない願い」のようなことになるものです。

 

 

なので、期待や執着にしてしまった願いがあって、苦しい場合、まず見たいのは、

・こうあるべきだという自分ルール、価値観、固定観念など

・自分の中のネガティブな感情、見たくない感情

・自己否定のセルフイメージ

ここです。

特に、

・こうあるべきだという自分ルール、価値観、固定観念、「絶対にこうだ」と決めつけていること、ジャッジメントなど

これを持ち続けているということは「傷つけられた」という体験を持ち続けるということにもなります。

 

 

「期待が裏切られそうで怖い」「執着している願いがある」という場合、

ここだけが重要、といってもいいほどです。

そして、ここが癒されると、どうなるか?

ひとつだけ言えるのは、心の平穏無事、心の平安です。

「え?じゃあ、現実は?」と、どうしても、不安になる方・・

この心の平安が全て、この心に全ての力がある、外側は内側の反映、延長・・だから、です。

そして、この心の平安の反映が、奇跡の体験、驚きで喜びの体験でもあります。

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