母とわたしの関係、神の姿のあらゆる側面

わたしは以前「こうなったのは母のせいだ」と思っていたことがありました。

※もっと正確に言えば、家庭環境のせい、遺伝子のせい、時代のせい、運命のせい・・など、いろんなもののせいにしていました。

それで、今、言葉にするとするならば、ですが、わたしは母に対して、

恨みのような気持ち=わたしがこんなに苦しいのはあなたのせいだ、みたいな気持ち。不幸な姿を見せることで、復讐できると信じるような思考の動き。

「母は間違っていて、わたしは正しい」と母を否定することで自分の正しさを主張したいような、正しくありたいという欲求。

そんな気持ちを持っていて、そして、そんな気持ちを感じることに罪悪感も感じていました。

「母に見ているのは、わたしの間違ったセルフイメージ」(投影)

ということを、何度も何度も思い出しながら、でも、全然納得がいかないまま、様々な感情、否定的な考えを、出し続けたある日、

急に、母に謝りたくなりました。

まっすぐに顔を見て、謝りたくなりました。

それで、心に現れた、その思いを大事にしたくて、母に、謝りました。

理由はよくわからなくて、ただ謝って、謝罪と感謝を伝えました。

最初はちょっと恥ずかしくて、勇気がいりましたが、母に思いを伝えているうちに、涙が溢れてきて、気づいたら、母も泣いていた・・ということを覚えています。

 

 

 

それから、数年経ったある日、母に感謝の思いが溢れ出てきました。

母にも、父にも、祖父母にも、生まれ育った地域にも・・です。

わたしを育んでくれたすベてに、なぜだか、急に、感謝の思いが、溢れ出てきたのです。

・・これ以降も「母はわかってくれない人」みたいに、思うことがあったのですが、そのときに「もう、絶対に何があっても、母のせいにしない」と決意しました。

・・というか「もう、絶対に何があっても、母のせいにしない」と決意できた、という感じだったのですが、わたしはこのように思えるようになったことが、嬉しい、という気持ちがありました。

そのあとも、何度も、母に対して「なんでそうやって決めつけるの」とか「なんでそんなに心配ばっかりするの」というように、母に対してジャッジメントの思いが出てくることは、何度もあったのですが、

「もう、絶対に何があっても、母のせいにしない」

と、決めた、あの日から、すぐに、「ああ、今、母を間違っていると、見ていた。わたしの見方が間違っているんだった」とすぐに気づけて、「母のせいにしないって決めたんだった」とすぐに戻れるようになりました。

「もう、絶対に何があっても、母のせいにしない」と決めた、あの日から、「母のせいにしていること、母を裁いていることについての罪悪感」みたいなものからも解放されたんだと思いました。

そして、母に対して「それは違う」とか「なんで〜なの(ジャッジのニュアンス)」とか「そんなふうに思うのはやめればいいのに」とか「自分を犠牲にしないで、もっと好きなことすればいいのに」とか「そんなに常識にとらわれないでほしい」とか、そんなふうに「一言言いたくなる、思いたくなる」たびに、気づいて、

「裁きの見方ではなく、まっさらな心の目で見たい」

「わたしの見方から、母を解放したい。母を解放することで、わたし自身も解放されたい」

「母の心とわたしの心・・心はひとつだと教えてほしい」

「この思いを愛に戻る道具に使ってくださることに感謝します」

と、自分の本当の望みを思い出すようになりました。

わたしにとっては、そう思えるようになったこと、心からそう祈れるようになったことが、何より、嬉しかったのです。

 

 

 

そして、また、それから、しばらく経ったある日。

ソファーの上で、ぼーっとしてるときに、突然「母に、感謝の気持ちを、形にして伝えたい」という思いが浮かんできました。

「大きな大きな花束と、メッセージカード」というイメージが、パッと浮かんだのです。

誕生日でも、母の日でもないのに、です。

すぐに、カレンダーで自分の予定を確認して、「この日にメッセージカードを買いに行って、この日に花束を買いに行って・・」と予定を立てました。

そうこうしていると「こんなことしたって、意味ない」「無駄だ」「母は花なんか欲しくないかもしれない」「花なんか買ってもったいないとか言われたらどうしよう」「誕生日でも、母の日でもないのに、変だと思われたらどうしよう。かえって気を遣わせたらどうしよう」・・というエゴの様々な思いが、一斉に、湧いてきます。

こんなことしたって、意味ない。

無駄だ。

母は花なんか欲しくないかもしれない。(現金の方が喜びそうだ)

花なんか買ってもったいないとか言われたらどうしよう。

誕生日でも、母の日でもないのに、変だと思われたらどうしよう。かえって気を遣わせたらどうしよう。

 

 

そういったエゴの思いを、一瞬だけ、支持しそうになりましたが、「わたしはガイダンスに従う」ということを祈り続けていたので、「大きな大きな花束と、メッセージカード」を贈ることにしました。

メッセージカードを書くときには、書き損じることもなく、枠内にピッタリバランスよく収まる感じで、勝手に言葉が出てきました。

ここでも、エゴは「こんな臭いセリフ、恥ずかしすぎる」「やーい、やーい」「(嘲笑)」と言います。

しかし、わたしは「あなたの導きだけに従いますので、どうかわかりやすく示してください」と毎日祈っていたので、

エゴの声を退けることにして、ガイダンス通りに動くことにしました。

お花屋さんでも「どのお花屋さんにいくか」「予算」「こんな感じで作ってもらう」というのを、全部、ガイダンス通りに、動きました。

「感謝の気持ちを形にして伝えたい」という思いだけを心の真ん中に置きながら・・。

 

 

そして、予想以上に、大きくて、パッと華やかな花束と、メッセージカードを、母に渡し行きました。

その日の夜、母からLINEが届きました。

そして、そのLINEに「あなたのおかげでお母さんは自由になりました。あなたのおかげで今とっても幸せです」と書いてありました。

 

 

「裁きの見方ではなく、まっさらな心の目で見たい」

「わたしの見方から、母を解放したい。母を解放することで、わたし自身も解放されたい」

「母の心とわたしの心・・心はひとつだと教えてほしい」

「この思いを愛に戻る道具に使ってくださることに感謝します」

・・ずっと、こんなふうに祈っていたことを、思い出しました。

 

 

この体験は、わたしにとって、何にも代え難いことです。

この体験は、昔のわたしには、願うことすら、できないものでした。

「母との関係が良くなりたい」くらいのことは、願っていましたが、それ以上のことは、

うまく思い描くことすら、できなかったからです。

そして、この体験は、昔、わたしが、願いごとリストに書いたであろうことの、すべてを、

「どちらでもいいこと」にしてしまうほどの体験でした。

 

 

なぜか、今日は、この話を書きたくなったので、書いてみました。

母とわたしの関係

・・こうやって振り返ると、大きく分けて3回、細かく見れば、もっとたくさんの奇跡を、母との関係では受け取ってきました。

母との関係は、わたしにとって、何度も奇跡が必要なことで、

何度も奇跡を受け取るたびに、神の姿のあらゆる側面を、垣間見せてもらったような、そんな感じがします。

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