悲しみ。
あるいは、
さみしさ、孤独感、惨めさ、無価値感、恐れ。
そういった感情を、感じ尽くすのは、本当に、本当に、大事なことです。
私たちは、ときどき、こういった感情を、
「この出来事があったせいで」
と考えることが、あります。
けれども、そうじゃないのです。
「その出来事があった」ことをきっかけに、自分の中に、ずっとあった悲しみが、溢れ出てきてくれている、ということなのです。
感じ尽くすというのは、
まるで、それを、自分だけの宝物のようにして、ただただ、感じること、
そのままを感じること、
その感情に、ダイブすること、です。
できれば、こういうときは、誰にも、相談しない方が、いいのです。
できれば、ですよ。絶対では、ありません。
でも、大丈夫そうだったら、誰にも相談せず、ひとりで、その悲しみを、感じ尽くすのです。
自分だけの、宝物のようにして、です。
誰かに相談すると・・・
絶対とはいいませんが・・・
その「悲しみ」が、また、心の奥に、隠れちゃうかもしれないのです。
でも、その「悲しみ」は、宝物なのです。
あなたがどんなにつらかったとしても、
あなたが、どんなに、その「悲しみ」を嫌ったとしても、
その「悲しみ」は、「悲しみ」のパッケージをして現れた、宝物なのです。
その、悲しみの奥に、本当に、「かけがえのない宝物」があります。
この、かけがえのない宝物、というのは、きっと、あなたを、一生、幸せにしてくれます。
その、かけがえのない宝物って、なあに?
という声が聞こえてきました。
これも「あとの、お楽しみ」です。
あなただけの、でも、たくさんの人達と分かち合える、とっておきの宝物です。
あなたと、あなたの大切な人々、関わるすべての人々を、一生、幸せにしてくれます。
悲しみが出てきたときは、お楽しみどころじゃない、そんなの信じられない、と思うかもしれませんが、
その「悲しみ」はパッケージです。
大事に、感じ尽くすことで、パッケージを開けることになるのです。