スピリチュアルジプシー・自己実現ジプシーの原因

・スピリチュアルジプシー
・自己実現ジプシー
・引き寄せジプシー
・この苦しみから救われたい
・直感鋭いはずなのに「医者の不養生」みたいになってるかも
例:相手のことなどはよくわかるのに、自分は悩みで苦しかったり、願いが長い間叶わなくて苦しかったりする

 

 

今日は、このような状態で、ご自分が、虚無感を感じたり、無力感を感じたり、苦しくなったり、する場合についてのお話です。

 

 

ですので、たとえば、高い波動も保った上で学びつづけたり、「なんか最近ズレてるな(幸せ・一致が正しい状態なので、なにか自分がミスしてるのかな、みたいな感じです)」というときの調整として心理学やスピリチュアルの専門家の元を訪れるのは、また別です。(海外などでは、こういうのはどんどん一般的になっているらしいですね)

このような感じで、幸せにフォーカスして学んでいくことは「御魂磨き」とも近いとわたしは思いますし、ほかにたとえるなら「毎朝のジョギング」や「ヨガ教室に通う」といったようなことと、同じような感じでもあります。

わたしも「あれ、なんでズレるんだ」みたいな現象のときはあります。(ズレることが悪いとかじゃなくて、ズレたらピッタリ整える、光に戻すことが大切)

定期的に外に学びに出ていろんな方と繋がって広がりを感じることはとても大切にしていますし、癒しも奇跡もひとりでは体験できませんので人と関わることや出かけていくことも大切にしています。

 

 

そういう感じじゃなくて、ジプシー、みたいな場合についてのお話、ご自分が、虚無感を感じたり、無力感を感じたり、迷子感があったり、苦しくなったり、する場合についてのお話です。

このような場合、ジプシーの場合などは特に「外側に”正解”を求めている」や「他人軸、外軸である」などは、よく言われていることでもありますので、今日はまた、別の角度から、書いてみたいと思います。

 

 

(今から書くことは、問題視、深刻視する必要はないことです)

このように、ジプシーになってしまう場合は、

(1)依存体質(アダルトチルドレン、機能不全家庭で育った場合、愛着障害)
(2)魔界とのつながりが強い

というところがある可能性が大なので、その上で、ご自分と向き合ったり、日々練習していったりすると、

井戸を塞いだ岩を退けるような、そしてそこから、奇跡的な美しい水がいくらでも汲み上げられるような、そんな体験がある、そしてそのような人生の一歩となるのではないかと、感じています。

 

 

実際に、ここ最近のセッションやクラスなどでは、自分はそうかもしれないと、ご自分で気づいた方の気づきや体験のご報告を、どんどんいただいております。ここをご自分で認めることができると「受け取り許可」も出せるので、楽しみですよね。

 

 

「日本で一番多い心の病」「依存症大国日本」という言葉もあるほどです。

セッションでも、恋愛、関係のお悩みだけでなく、インターネットしすぎちゃう、SNSみすぎちゃう、ゲームしすぎちゃう、摂食障害、占い依存などのお話をお伺いすることも、あります。

※ちなみに、家族がそうで悩んでいる、という場合も、ご自分が(2)で過去の傷の投影・傷ついたままの関係性の再演をしている可能性があります。

なにかに依存してしまうのは「その人の性格」とか「意志が弱い」とか、そういうことではないのです。

 

 

以前、依存症専門カウンセラーの先生から聞いた言葉で今でもよく覚えているのは「アルコール依存症者は、自分で治療しようとしている」という言葉です。

これは、アルコールだけでなく、インターネット依存、ゲーム依存など、ほかのことにも言い換えられます。

そして、どんどん、ここから抜け出せなくなってしまう、沼ってしまうのは、個の問題、家庭の問題などでは、ないのです。

 

 

心に大きなストレスを抱え、でも「ほんとうに困っていること、弱音」は他人に見せることができず、相手の気持ちを察することができ、責任感も強く、自分でなんとかしなきゃと思い、なんとかそのストレスを解消しようとして、いつの間にかハマってしまっている。

これは、ある意味、そうとしかできなかった、避けられなかった、ような、ものでもあるのです。

占い依存だって、早くこの苦しみ、ストレスから解消されたい、という、とても真っ直ぐな思いからであって、「それならば、専門家に見てもらおう」ということもあったかもしれないのです。「お友達に、愚痴や弱音を聞いてもらうのは申し訳ない」という思いから、「お金を払って、専門家に」という方も、いらっしゃるかもしれないのです。

それが「(スピリチュアルティや心のはたらきからみて)誤った選択だった、ということだったとしても、間違ってしまうことや、知らなかったからそうしてしまったということは、誰にでもある話なのです。

どこにも「責められて当然の人」など、いません。

 

 

ジプシーになっている場合、(1)でも(2)でも、

「愛か依存か〜最高のパートナーシップを得るために 井上麻紀子著」

はおすすめです。

※(2)の場合も、現在進行形にしろ過去にしろ、(1)の”データ”を持っている可能性は高いです。

 

 

ブログではずっと、

・内観
・鏡(投影)の法則を使うことで気づく=ゆるす=解放=投影の取り消し

ということをお伝えしてきていますが、

依存のテーマが隠れている場合、「自分の本音や感情や言いたいことを抑圧する・我慢する」「隠れて他責する(他人軸、外軸)」など「隠す(自動的、無意識的に隠れちゃう)」ということがあり、

どうしても外側に救いを求めてしまったり、例外的にゆるせない人や出来事やなにかを外側に作ったままにしておいたり、

本音と向き合ったり、ゆるしたり、内側の愛・ハイヤーパワーと深く繋がったり、ということができない時期が長く続く、ということがあります。

 

 

「愛か依存か?」は、このあたりを、わかりやすく、そして、やさしく、書いてくださってる、素晴らしい本だと思います。

いろんなことが整理されて、スッとセンタリングできるような、軽やかな波動の本だと、わたしは感じました。

わたしも、アダルトチルドレンや機能不全家庭などの本はたくさん読みましたが、そのなかでもおすすめできる、ほんとうに、やさしい、本だと感じます。

 

 

ちなみに、

(2)の「魔界との繋がりが強い」の対処法としては、祈り(神聖な存在の象徴の名において祈る、宣言を捧げる)ことを、続けることです。

対処法として、瞑想(グラウンディング)や運動、それ以外にも方法はたくさんありますが、そのベースとして、祈り(心からの宣言を捧げること)が自分の習慣としてあると全然違うな、と思います。

 

 

なぜなら、魔界との繋がりが強い場合、無意識・無自覚の場合は、光と繋がることを拒否(受取拒否)することにもなるので、

自分が幸せになるための情報、教え(現実創造、引き寄せ、宇宙の法則性などなど)を受け取り許可したり、自分にとって最善のこと(心が喜ぶ、幸せに繋がること)をしたくなくなったりする、となることがよくあるからです。(それが魔界の特徴の一つ、みたいな感じでもあります)

 

 

魔界との繋がりが強い人と繋がりやすくなる、魔界と繋がっている人の方が居心地よく感じられる(にせものの快感)という場合もあります。

このような場合は、ほんとうに幸せになる教えだったり、自分の心からの幸せと共鳴している人だったりを、怖く感じたり、責められてるように感じたり、厳しく感じたり、怪しく感じたり、過剰に疑ってしまったり、嫉妬の気持ちがあまりにも強くて遠ざけてしまったり、することもあります。

なので、これは、「自分の性格の話」とかではなくて、「魔界との繋がりが強いから」です。(だから「わたしは魔界に対して閉じます」と神聖な存在に宣言を捧げる、祈る、という感じです)

(この世界の目に見えない世界として)魔界との繋がりが強いというのは、光とのつながりも強いということで、この場合は、

バウンダリーが弱い(言い換えればもともとワンネスの感覚が強い)とか

元々生まれ持った性質としてとてもピュアだったり、輝きを放つ強さが強かったり、素直だったり、するということでもあります。

 

 

今、色々調べてみているのですが、ここでいう「魔界」は、

集合的無意識、潜在意識、アストラル界と繋がっていると言い換えられそうです。

なので、シャーマン・サイキック・霊能者などは、ここと繋がった上で、光に戻り続けてる、みたいな感じでもあるので「一日中祈る、一日中神の思いとともにある」くらいのことをします。わたしはそう習いましたし、そうしています。わたしはもともとこの魔界(集合的無意識・アストラル界・潜在意識)との行き来というか、繋がりが強いので、10代で精神病んだみたいなところもあります。なので、シャーマンのもとではこの訓練をしましたし(修行)、今では自主トレの毎日という感じです。

※ちなみに「魔界」は、昔からわたしが勝手につけて読んでいる、あだ名のようなものです。

書籍「ニューアース エックハルトトール著」のペインボディとも関連があると感じています。

 

 

魔界にしろ、ペインボディにしろ、誰もが持っている、繋がることはある、と言えます。

自分の心と向き合う中で、自然と、魔界の方に扉を閉じる方、興味がいかなくなる方も、多いと思いますが、

繋がりが強すぎる場合、というのがあって、その場合は、自分と向き合うのも困難、鏡も困難、ということは、よくあるようです。

 

 

しかし、もし、長い間ジプシーしているとか、迷子状態・なんかスッキリしない感じが長く続いているとか、長い間悩んでいるとか、長い間願いが叶わないとなっている場合は、

(1)や(2)と本気で向き合った方がいいかもです。(最初の方は、継続的に意識してみることです)

 

 

そして、(1)と(2)の両方が当てはまるかもしれない場合、長くジプシーしていたり、同じ問題を繰り返しているかもしれない場合は、

まったく新しい学び、まったく新しい見方、まったく新しい自分自身を、受け入れる時期とも言えます。

それは、自分が心からの幸せや喜びや感謝を感じられることでもあり、自分と関わる人々も、これから出会う人々も、それを共に経験するということでもあります。

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